Saomix elements通信

化学に出てくる118の元素を、少女に擬人化してお届け!

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ケータイ小説が人気らしい 

以前なにかの本で、こんな内容を目にしたような気がする。

「ギャルゲーとケータイ小説は似たようなものだ」

ぼくはそれを読んで、
「(゚Д゚)ハァ?
神聖なギャルゲーをケータイ小説といっしょにしてんじゃねーぞ(#゚Д゚)」
と思った。

ギャルゲー、特に泣きゲーと呼ばれるゲームの概要を、
身もふたもない形で表現すると次のようになる。

「ヒロインが辛い経験をしていて、主人公といっしょにそれを乗り越えていき、
ヒロインの負った傷をいやしていく話。
または、ヒロインが主人公や親しい人間と最期の時を過ごし、
死んでいく話」

なんかこの概要、ケータイ小説と同じような気がする。

ぼくは泣きゲーが好き(特に「AIR」と「My Merry May with be」)だが、
ケータイ小説は読んだことがなく、テレビの宣伝などを見た程度だ。

両者は似ている(気がする)のに、
一方は好き、片や関心が向かない理由を考えてみた。
それは、ぼくが物語の雰囲気を重視するからだと思う。

ぼくは、ケータイ小説に出てくる
ドラッグや売買春などの繁華街的要素が好きではないのと、
あとは…要するに…

二次元だから惹かれ三次元だから敬遠した

ということではないだろうか、ぼくの場合。

あと、ケータイ小説は文章が稚拙だと言われるようだが、
もし同じ文章が泣きゲーで使われていたらぼくは、
「洗練されている」
「この物語に余計な飾りのついた文章などいらない」
と好意的に受け取ることだろう。

「泣きゲーだから好き」というのが始めにあって、
理屈が後付けされるという過程をぼくは踏むと思う。

仮に、ケータイ小説の雰囲気が好みに合っていて、
筋書きが先に書いた「概要」の通りだとすると、
「感動する」というのは(感覚ではわからないが)
理屈では分かる。

「ケータイ小説で感動した」という意見に対して、

雰囲気が好みに合わないので同意はできないが、
その気持ちはなんとなく分かる気がする

というのが、今回の思索の結論だ。
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