Saomix elements通信

化学に出てくる118の元素を、少女に擬人化してお届け!

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今ここにある希望 

最近ブログの更新が滞っていました。というのも、この前買った和風伝奇アドベンチャーゲーム"アカイイト"(PlayStation2)をずっとやっていたからなんです。いやーひさしぶりにゲームにのめりこみましたね。今度感想でも書ければと。

今日は希望についてのお話をしようと思います。
YOMIURI ONLINEで、「希望とは何か」東大がプロジェクト発足という記事がありました。日本の社会における希望とはなんだろうか、ということがテーマのようです。

希望は個人的なもので、社会科学の対象にすることを疑問視する声もある。しかし、希望はその社会状況を映し、その社会を見る手がかりになる。

ぼくたちの社会では、すでに高度経済成長が終わり、同時に、モノの豊かさが希望であるという認識も終わりを告げました。モノというわかりやすい希望の形を失った今、ぼくたちの希望はどこにあるのでしょうか?ぼくは、社会における希望を考察する能力は持っていないので、個人の観点からの希望について考えたいと思います。

希望とは、よりよい未来がある、と思えるこころのはたらきだとぼくは考えています。さらに言えば、よりよい未来が自らのはたらきかけによって得ることができる、という感覚であると考えます。なぜ自らのはたらきかけによるものであることが必要かというと、自分の外側で起こっていることがら(たとえば自然現象)は自分の手によってコントロールできないのに対し、自らのはたらきかけによるものはコントロールが可能だからです。
ここで大切なことがふたつあるとぼくは考えます。ひとつは、よりよい未来をイメージすることができること。現代は価値観が多様化したと言われています。これはひとつの価値観に束縛されることが少なくなった一方、その代わりとなる価値観は自らの手でつくりださなくてはいけなくなりました。自らの生き方、未来もこれと同様と言えるでしょう。もし、自分の未来をうまく描くことができないとしたら(ぼくたちはよりよい未来を描くことについて、まだ十分な知恵の蓄積が足りないと感じています)、自分がこれからどうなるのかわからない、希望が持てない、ということになるでしょう。
もうひとつは、自分のはたらきかけが有効であるという感覚を持っていることです。人間は成長の過程で、自分のはたらきかけが有効であるという「自己効力感」を獲得します。しかしこれが十分でなく、「自分はなにをやってもダメだ」と捉えてしまっていると、よりよい未来を自分の手でつくりだすことができるとは思えずに、希望が持てないということになってしまうでしょう。

希望を持つためのふたつのポイントですが、これらは時間をかけて改善することができるようです。ぼくも本を読むなどして方法を探していますが、調査中です。ぼくが今言えるのは、希望を持つことについてあきらめることなく、しかし無理をすることなく取り組み続けることが大切、ということです。
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